小平家資料
資料No | 高井〔8〕/8-15 |
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地域 | 高井 |
古文書 | 本目録には諏訪郡湖東村(茅野市)出身の俳人で考古学者である小平雪人(本名探一)の兄小平小平治の遺品に関わる資料を収録している。小平治の遺品は、父禎三と雪人が湖東村の生家の近くに設立した龍谷文庫に収められていた。長らく禎三の三男定太の家で代々管理されてきたが、文庫閉鎖にあたり小平貞明氏により中野市田川幸生氏に寄贈された。本資料群は田川氏より平成21年度に一括当館へ寄贈されたものである。このうちこの目録は古文書・記録・文芸関係の作品について収録している。書籍・考古資料については別途目録を作成している。 小平小平治は医師禎三の長男として湖東村で生まれた教育者で考古学者である。東京高等師範学校で坪井正五郎のもとで考古学を学んだ。1891年に『東京人類学会雑誌』誌上で初めて尖石遺跡を紹介したことでも知られる。帰郷後は長野県尋常師範学校教諭として赴任するが夭折した。 小平治の弟雪人は慶應義塾で福沢諭吉に学び、兄の死後湖東村に戻り自宅近くに湖東義塾を開き農閑期の農村教育に当たった。兄の影響で考古学を始めた。1928(昭和3)年に東京で開催された石器時代文化展覧会で龍谷文庫の出土遺物を出展している。 また俳諧を良くし、地域で句会を開催しその門人に宮坂英弌がいた。宮坂もまた考古学への関心を深めていった。 本資料群は大きく分類すると以下の通りである。 1 江戸時代の上管沢新田村名主家関係の史料が400点余り含まれている。 2 湖東村関係役場文書 3 教科書・雑誌・古典書籍類 4 新聞切抜 5 俳句短冊 約700点 埴科郡屋代町正五位堀内賢郎氏(国会議員) ほかが含まれる。 6 小平鼎関係資料 鼎は雪人の次男で洋画家である。石井伯亭に師事し信州美術会結成に尽力した人物である。本資料群には学生時代の鼎の人物デッサン画が複数枚残されている。旧制諏訪中学時代のものと考えられる。 |
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