伊那郡大久保村大村家文書
資料No | 伊那〔4〕/4-36 |
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地域 | 伊那 |
古文書 | 本目録は、2010(平成22)年に上條信彦氏より寄託を受けた収集史資料群のうち、伊那郡大久保村大村家文書を収録する。 大久保村は大田切川と天竜川の合流する地域で、現在の駒ヶ根市にあたる旧村名である。「諏訪造営日記」「矢島文書」等の中世諏訪社関係文書では「大窪」としてみえる。 江戸時代を通じての支配関係は高遠藩領である。天正期の村高は101石、元禄3年検地で119石であった。天竜川材木改番所があり、改役に村の中村新六が任命されており14俵2人扶持が与えられていた。 本文書群は大久保村名主大村團治郎に宛てられた文書および作成された帳簿が大多数であることから、名主大村家に残された文書であり後年流出したものとみることができる。文書の古いものは享保年間から、新しいものは大正期まで下る幅広い時期の文書群で、約150点を超える。主なものは幕末の年貢皆済帳・名寄帳・割付などの租税収取関係の帳簿類が目立つ。材木関係では売木帳簿もある(4-36-4)。 また、当村は1884(明治8)年東伊那村の一部となった。この時代のものは地主経営に関わる土地譲渡や売買権利証文も散見され、所有権が委譲された区画に対する登記変更の書類も関連して残っている。太政官布告などの下達文書の写しは、近代の地域名望家の所有する史料として各地に存在するが大村家も維新期において斯様な立場だったことを相即させる。 興味深いものとして、村内神社の山ノ神社由緒記(4-36-1)がある。巻子装されあつらえた料紙に丁寧に記されており、上申された複本であろう。また明治期の大村家の由緒書もあり大村氏が楠姓であったことがうかがえる。近代の村格や家に対する意識もうかがえる史料群でもあろう。 |
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