佐久郡下平村文書(佐久幕府領名主文書)
資料No | 佐久〔2〕/2-4 |
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目録巻数 | 7 |
地域 | 佐久 |
古文書 | 本目録に収録した佐久郡下平村文書は、長野県立歴史館準備室が平成4年(1992)に購入したものである。 下平村は、千曲川の左岸に位置する村である。「天保郷帳」による村高は、303石であった。はじめ小諸藩領であったが、元和8年(1622)徳川忠長領、寛永9年(1632)幕府領、慶安4年(1651)甲府藩領、元禄14年(1701)幕府領、同15年旗本松平氏領、明和2年(1765)幕府領となった。明治維新後は、伊那県、中野県をへて長野県の所属となる。また、明治9年(1876)近隣の村と合併し伴野村となり、同22年岸野村の一部となる。さらに昭和29年野沢町となり、同36年佐久市となった。 本文書は、下平村の名主家に伝来してきたものであると考えられる。文書の年代は、延宝7年(1679)から明治15年(1882)におよぶ。18世紀半ば以降のものが大半をしめるが、明治以降の文書は1点にすぎない。その内容は、皆済目録、宗門人別改帳、触の請書や村人から願書の控えなど村政全般にわたっている。また塩名田宿や八幡宿の伝馬に関わる文書もみられる。天明3年(1783)の浅間山の噴火や凶作、天保7年(1836)の凶作に関わる文書もまとまっている。 |
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