信濃国藩政関係史料

詳細情報
資料No 全県〔0〕/0-21
地域 全県
古文書

県立歴史館が収集した流出史料文書のうち、信濃国藩政関係の分限帳類を藩ごとに整理したものである。
 (1)高島藩関係
 平成29年度は高島藩関係分限帳および役人留帳を10冊を収集した。  
 「諏訪家家老用人心得」は天保末期桜田門番役を勤めた江戸詰番士職掌上の詳細な心得を絵入りで記したものである。また江戸藩邸及び国元の定め事(定格)を詳細に記しており、幕末期の高島藩治世の様子が明らかになる。
 幕末期の分限帳は延べ1,330名の武士の名前が記されている。宝暦期の名寄せ、慶応3年の名寄せ、年未詳の名寄帳の3冊からなる。
・「諏訪家家老用人心得」1冊 
・「御出定格」1冊
・「東都毎日・日用・年中定格」1冊
・「東都御式帳」1冊
・「上州通御帰城並三千石御分知村々御巡見之節御道中日記」1冊
・「国元毎日・日用・年中定格」1冊
・「下乗被仰付並達之事」1冊
・「高島藩分限帳」3冊
 (2)上田藩関係
 平成30年度は幕末上田藩主松平忠優(忠固)関係史料を収集した。忠優が大坂城代を勤めた弘化年 間に上田藩家臣某により筆写された大坂城代勤役関係の先例・職制を丁寧にまとめた写本である。
 2-1 内題「先々御城代諸事留書」と記されており、享保3~宝暦6年頃までの歴代城代の諸事     留書である。
2-2 「歴代乾坤帳」と呼ばれる各大名の勤仕控を参考にした上田藩公用人の留書。
 2-3 宝暦10年下総国古河藩主松平康福の代の拝命・退任までの書札を写す。
 2-4 内題「諸書抜 篠山」とあり、享和年間から文化年間までの城中諸儀礼等を書き留める。
 2-5・6 令和元年度に購入した藤井松平家関係の幕末の分限帳である。3は524名の家中を石高・役職・姓名の名寄せである。4は折り本状態に整型され、家中504名の短冊を張り込んでいる。
 2-7~14 享保年間の松平忠周の公用日記の校正本で儒学者安原霖寰旧蔵本である。忠周は1706(宝永3)年に初代上田藩主となった。公用日記は京都所司代時から老中時代のもので、当該期の幕政を記す貴重な史料といえる。
(3)松本藩関係
 戸田家・水野家の分限帳を収める。
平成31年度は松本藩水野家関係史料を収集した。内容は信濃国松本藩7万石城主で、享保8(1523)年に家督を継いだ水野忠恒の時代の分限帳で、その年紀は享保10年となっている。なお忠恒はこの年に祝言を挙げているが同年江戸城で刃傷沙汰を起こし蟄居・廃嫡となる。松本藩水野家は佐久郡高野知行所7000石に減封された。変わって入部するのは戸田光慈で、6万石であった。
 本書は享保10年時代の水野家家臣団の分限帳を安永ごろの書写されたものと思われる。表題は「水野隼人正家中分限帳」である。分限帳は、武家の禄高、役職を記した家中のランキング表であり、身分格式の別が記された藩政史料の根本である。松本藩水野氏は、元禄6(1693)年に「家中条目」を作成し、身分序列・階層秩序の維持が厳格化された。各冊60丁程度にそれぞれおよそ900名以上が記されている。なお水野氏関係史料は早稲田大学図書館に収蔵されていることを付言しておく。
 3-4~6「松本藩御家中名前付」(3冊)は書写は嘉永年間である。小横帳で住所氏名を記したもので約1,000名の名前がうかがえるものである。城下町の家臣団集住地区ごとに整理されて記されている。徒士町が記されているから戸田氏以降の名寄であることがわかる。また、「松本藩戸田家分限帳」(1冊 3-7)は、短冊を貼り付けた幕末の分限帳で、知行付けに400名、役職付けに230名を掲載している。諸侍の家督相續年月日を掲載する点で興味深い資料である(令和2年度購入)。
 3-8は戸田家家中の馬印・家紋を彩色画で示したものである。
(4)小諸藩関係
 令和元年度に4冊購入した。文化9~弘化4年までを収める。
 4-1は158名の家中を記載する。江戸詰め家臣の記録や席次も記載する。
 4-2 49名に付いて持高・草高・役高・姓名のほか年齢を記す。
 4-3 横小帳で5丁に134名を細かく記す。
 4-4 弘化4年改。横帳を半折りしている。
 令和2年度には4-5として牧野康成から康哉までの藩主事蹟草案を収集している。幕府提出の記録の下書きである。
(5)松代藩関係
 5-1~3は令和3年度県外古書店から購入したもの。御用向書留帳3冊である。内容は①嘉永7年「御廣間万端心得手控」・②天保12~14年「勤方心得日記」・③文政8年「御在所御番方」の3冊からなる。
 ①は松平定信次男幸貫を養子に迎え当主とした時期に江戸上屋敷において来訪者への対応や御廣間役人の職掌を記した帳簿。真田家出入の寺社や交流のある大名家・旗本家が残した使者の名前やその要件が記されており、真田幸貫の交流や表向の様子がうかがえる重要な資料である。②は、真田幸貫の「御箱番」を務めた松代藩士倉田傳蔵が記載・携帯した職掌の手控え。幸貫が老中に就任した際に作られた御箱番役は、江戸城登城・退城・移動の際の公用書類を収めた箱を持ち運び管理する、アーキビスト的な役割の職務である。③は松代城在方藩士の勤務方法を、座敷着座や玄関前の供御の順などを絵図とともに交えて記した先例書の手控えである。

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