古文書公開日記36-気體いかがの様子うけたまわりたく候 by象山- 

 大名家に残った武家文書に対し、農村の庄屋など村役人家に残された文書を地方文書(じかたもんじょ)といいます。今年、「信濃国筑摩郡殿村上原家文書」を購入しました。名前のとおり村役人の家に伝来した地方文書です。なお購入した際は未整理の箱2箱の状態でした。したがって点数は不明でしたが、ようやく7月から整理に入ることができました。これに先立ち、仮番号をつけていくと、総点数1,007点に上ることになりました。

 ここから改めて「年月日」、「宛先」、「差出」、「タイトル・内容」、「形状」、「点数」など凡そ検索に必要となる情報を表計算ソフトに入力していきます。これを「目録取り」と呼んでいます。単調な帳簿類でも様々な情報が含まれていますから、村名や関係者の人名なども目録に採っていきます。気の遠くなる作業ですが、史料の目録化を経なければ公開できません。できるだけ多くの方に早く史料に触れていただきたい、私達整理担当者はその思いで業務に携わっています。

 さて、整理中に面白い文書が出てきました。書状ですが、ちょっと読んでみましょう。文面は次の通りでしょうか。

先日之後、気體如何様子承度候、然者、一事頼ミ申度事有之候、先年郡村安六出府の節勤め候て、藝海珠塵と、程瑤田か通藝録等贈せ候事有之候ひキ、此節通藝録見合セ申度筋ニ付、蹔時借り受け申度候、乍手数其中被申入便の節送り給り候様、頼入存候、千萬所望ニ候、以上

  三月五日 

 【割印】

新右衛門殿       明

【割印】

意味

先日のあと、ご機嫌いかがでしょうか。そこでひとつお願いがあります。先年、郡村(こおりむら、現在の千曲市)の安六が江戸へ出府の節の在勤で、『藝海珠塵」と程瑤田の『通藝録』等を贈らせたということがありました、こんど『通藝録』を校合したいということでしばらく借用したいのです、お手数ですが返信の際にお送りくださるよう頼みます、千にも萬にも所望します。以上。

 さて、この文書にみえる『藝海珠塵』は清代の銭省蘭によって編まれた歴代の大部の古籍。『通藝録』は清の時代の学者程瑤田の著作です。こうした漢籍の著作を遣り取りし、手元のものを校合する人物だったことがうかがえます。

 さて独特の文字の差出は「明」。この書状には割印があります。書状を折り目どおりに復元すると次のようになります。

この割印がぴったり一致するので書状を筒状にして宛名書と差出を表にして封をする封印であったことがわかります。なんと読めるでしょう、「象山」すなわち佐久間象山の書状であることがうかがえます。たしかに「明」は象山の別号「子明」をとった署名。その署名の書き方は象山に近しい人物あての書状に使っています(例えば義弟の村上誠之丞宛(元治元年)37日付「佐久間象山書状」など)。文字は全体的に象山独特の「金くぎ」流の特徴がやや見え、左肩下がりの文字並びも象山らしさもみえますが、いかがでしょう。「気體(きたい)」という表現も妙ですね。この場合は「ガス」ではなく「心(気)と体」。気体は元気か、いかにも象山らしいと思えます。

 この書状が象山のものであったとすると新発見になります。新右衛門もどのような人物かわかりませんが、郡村のことが記されているから松代藩領内の人物でしょうか。とすれば松本殿村の文書になぜ混入しているのか。そもそも象山の「偽文書」は多いことで知られますので慎重な判断が必要です。殿村文書の整理をすすめながら、真偽を含めてさらに研究を深めていきたいと思います。

 文書整理をするとひょんなものが現れる。それもまた面白いものです(村石正行)。

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