河童だより8 河童の妙薬「加減湯」長野県駒ヶ根市に残る河童伝説

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薬研 天竜かっぱ広場おもしろかっぱ館蔵

 山がちな長野県内では、いくつもの谷筋に水が流れ、人びとは水と深く関わりながら生活をしてきました。そこに情報の広まりとともに河童が入り込み、多くの河童伝承が誕生しました。

 現在の駒ヶ根市の東伊那地区には、次のような伝承が残ります。

 昔、太田切川が天竜川に合流し、天竜川東岸に突き当たる地点に「下り松の淵」と呼ばれる淵がありました。そこへ、高遠藩の川奉行である中村新六が見回りのため、馬に乗って通りかかりました。河童は馬のシリコダマが大好物です。たまらず馬に飛びつき水に引き込もうとしましたが、驚いた馬が走り出しました。馬のしっぽの毛に絡まってしまった河童は、必死で抵抗しましたが、馬の力にはかなわず、新六の屋敷の馬小屋まで連れてこられてしまいました。捕らえられた河童は「二度とこのような悪戯はしません。お詫びに痛風の薬の作り方をお教えします」と必死に訴えました。河童をかわいそうに思った新六は、河童を許してあげました。河童は屋敷の裏にある池で暮らしながら、約束通り痛風薬の作り方を教え、中村家では戦前まで痛風薬「加減湯」の製造・販売を行っていたそうです。

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