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学校見学で大人気!−古代風おにぎり弁当−

お知らせ

新年度を迎え、当館への学校見学のシーズンがやってきました。連日多くの小学生が訪れ、楽しみながら歴史について学ぶ姿が見られています。
学校見学の昼食として人気があるのが、当館内の軽食・喫茶「科野の里」の「古代風おにぎり弁当」です。当館に見学に来る小中学生のために、当館開館時に開発されたメニューです。お弁当の中身は、「古代紫米入りごはん」「キビ入りごはん」「鶏肉のエゴマ入り衣揚げ」など昔の人びとが食べていた食材が使われており、歴史の学習にもつながります。科野の里歴史公園の復元住宅や山頂の森将軍塚古墳を眺めながら、当館横の芝生広場でこのお弁当を食べれば、またひと味違ったものになるかも知れません。
「古代風おにぎり弁当」は小中学生の見学限定で、価格は540円です。おにぎり3つバージョン(650円)もあります。大人用の古代風弁当(900円)、特上古代風弁当(1150円)も用意できるそうです。何れも予約制で、1週間前までにご注文をお願いします。くわしくは、軽食・喫茶「科野の里」までお問い合わせください。

長野県立歴史館内  軽食・喫茶 科野の里
電話 026−274−2000(歴史館代表)内線166
[営業時間]10:30〜16:30
[休業日]歴史館と同じ

学校見学で大人気!−古代風おにぎり弁当−
古代風おにぎり弁当(540円) 要予約
[ 2017-04-18 ]

当館所蔵の海外移民史料と、皆様へのお願い

お知らせ

 先日、当館に兵庫県の方が長野県のブラジル移民について資料調査にいらっしゃいました。建築がご専門で、移民した方々が現地で建設した建物を調査されているとのこと。長野県からの移住者が建てた家屋もあり、移民の歴史的背景や当時の現地の様子、移民者のファミリーヒストリーを明らかにしたいとのことでした。
 長野県は、日本一多くの満洲移民を送り出した県ですが、その理由の一つとして、大正期にブラジル移民が積極的に実施され、功を奏していたことが上げられます。なかでも、サンパウロ州郊外への移民は、現地の言葉で協力、和合を意味する「アリアンサ」移民と呼ばれました。
 当館にはブラジル移民を推進した信濃海外協会の史料の一部が県立図書館を経由して移管されています。320冊にのぼる貴重な史料です。
 今回調査にいらした方は、移民家族のアルバムなど、初めて見る資料が多かったと大変喜んでお帰りになりました。
 ブラジル移民を含む信濃海外協会の資料は当館ホームページで検索できます。まだまだ研究されていない膨大な資料が書庫に保管されています。
 これからもそんな史資料たちをご紹介します。ぜひご利用下さい。

(追記)
調査にこられた方からご質問をいただきました。移民する前に撮影したと思われる写真です。写っている学校の名前を知りたいとのことです。下伊那の学校だろうとのことです。ご存知の方、是非歴史館にご連絡下さい。

当館所蔵の海外移民史料と、皆様へのお願い
この校舎ご存知ですか?
当館所蔵の海外移民史料と、皆様へのお願い
当館の移民関係史料
[ 2017-04-08 ]

古文書公開日記−もうひとつの明治維新−

お知らせ

文献史料課の仕事はあまり皆さんの目に触れることはありません。現在当館は古文書約20万点、行政文書約10万点以上を収蔵しています。わたしたちは少しでも多くの史料を公開し県民の皆さんに閲覧していただけるように日々整理作業をおこなっています。そこでブログでも少しでも新着の公開情報を更新していきたいと思います。
今回は一昨年新たに所蔵し、つい1ヶ月前の3月に新たに公開対象となった「松本藩士荒川家文書」(5-38)を少しだけ紹介します。
今年は明治維新150年の年です。旧江戸幕府を倒すための内戦と新政権樹立までの過程を明治維新といいます。長岡周辺で戦闘となった北越戦争に新政府軍として参戦した松本藩士荒川右門太は、従軍記録や戦地絵図をたくさん残しています。例えば写真1は、越後国内の絵図で会津へ抜ける街道周辺の様子を書き記しています。とくに「この間人家なし」「人馬平日通行す」「馬通行できず」などといった図面上の細かな記述は、行軍の際に必要な情報を収集しながら書き込んでいったものと思われます。
また非常に面白いのは、右門太は家族にあてた書翰のなかに、戦況や行軍路などを事細かに記録し報告していることです。3ヶ月の間に15通も残されています(写真2)。これらを読み解くことで新しい北越戦争の事実が見えてくるかも知れません。
明治維新後の右門太は貞正と名を改め、建築関係の仕事についたようです。その晩年の戯作文(戯れに書いた文章)は、思わず笑いがこみ上げてくるものです。
こうした文書を書き残した150年前の右門太がどういう人物だったか。紙と墨で書かれた古文書を目の前にしてそんなことを想像してみます。文書の整理作業は、右門太のような人たちとの対話でもあるのです。

古文書公開日記−もうひとつの明治維新−
三国街道周辺絵図部分
古文書公開日記−もうひとつの明治維新−
従軍書翰
[ 2017-04-04 ]

歴史館オリジナル「アルクマ」ピンバッチ発売中!

イベント

県民のみなさまに当館をより身近に感じていただくため、長野県PRキャラクター「アルクマ」のオリジナルピンバッチを制作いたしました。去る3月20日(月・祝)には、親子映画会に合わせ、「アルクマ」が来館し、発売記念イベントを開催しました。イベントでは、オリジナル「アルクマ」パネルの除幕、笹本館長によるあいさつ、「アルクマ」との記念撮影などを行い、お子様をはじめ、多くの方々の前でお披露目をすることができました。

歴史館オリジナル「アルクマ」ピンバッチは、おなじみの長野県PRキャラクター「アルクマ」と、当館が所蔵する長野市松代の松原遺跡出土の「トロフィー形土器」をデザインしたもので、当館のミュージアムショップでのみ販売されています。価格は500円です。来館の記念にぜひお買い求めください。

また、ピンバッチと同じデザインの来館記念のパネルも制作いたしました。「長野県立歴史館」の文字と日付が入っており、来館記念の写真撮影にぴったりです。当館エントランスに設置してあります。ご自由に写真撮影ができますので、こちらもご利用ください。

歴史館オリジナル「アルクマ」ピンバッチ発売中!
アルクマがやってきた!
歴史館オリジナル「アルクマ」ピンバッチ発売中!
県立歴史館オリジナル「アルクマ」ピンバッチ
[ 2017-03-22 ]

元祖!進化するヘビの精霊 〜縄文土器展への招待状 その2〜

お知らせ

 館長のフェイスブックに紹介された蛇体装飾付土器(小諸市郷土(ごうど)遺跡)を、3月から常設展示室に展示しました(写真上)。「これがヘビ?」「トカゲだろう?」「いや、縄文人は恐竜を知っていたんだよ」等々の声が聞こえてきそうです。みなさん、いろいろと想像をふくらませてみてください。あるいは、縄文人は精霊(カミ)を表現しているのだから「現実にいるモノではない」のかもしれません。
 それでも、私たちが蛇体と呼ぶのには、より古い土器にヘビっぽい前例があるからです。 考古学では、あるモノが時代とともに変化することを「系統」としてとらえます。このヘビの系統は、尖石遺跡出土品(図)などから変化したと考えられます。図右の古手のヘビはとてもリアルです(実物は茅野市尖石縄文考古館で見てね)。ところが、次の段階の図左では、ヘビらしかぬ動き(鋭角に、しかも上下方向に蛇行する)に変わります。さらに郷土遺跡の例では、さまざまな飾りがトッピングされ、ヘビには見えなくなります。器の形も大きなヘビの精霊を乗せやすくし、目立たせるために変形します(青→)。
 こうした縄文人の発想は、今どきの子どもたちが夢中なアニメ・ゲームの妖怪やモンスターの「進化形」と似ています。変形し、大きくなり、飾られ、合体しながらバージョンアップするのです。郷土遺跡の例は最もレベルアップした形で、「とぐろヘビ」の進化形「ごうどドラゴン」といった感じでしょうか。縄文人も形や大きさを進化させることで、精霊のパワーがアップすると考えたのでしょう。
 ところで、いにしえの精霊は今どきの妖怪につながるとの説があります。さまざまなモノに宿り、説明のつかないできごとは彼らのしわざだ、という考え方です。精霊はヒトには見えない、見てはいけないモノですが、“お願いごと”をするには形が必要です。そこで縄文人は、ヒトやヘビなど「自分たちの知っているモノ」に似せて表現したのかも知れません。この辺の発想も今どきの子ども(作者は大人ですが)と共通していそうです。 
 現在、常設展示室には、別系統の蛇体(札沢遺跡)や、人体(東畑遺跡)のついた土器も展示しています。ぜひ、ご覧になってください。また、秋の縄文土器をとりあげる企画展ではさらにバージョンアップさせますので、ご期待ください。

元祖!進化するヘビの精霊 〜縄文土器展への招待状 その2〜
常設展示室の郷土遺跡出土土器
元祖!進化するヘビの精霊 〜縄文土器展への招待状 その2〜
茅野市尖石遺跡出土土器(茅野市教委2007に加筆)
[ 2017-03-17 ]

雛人形展示しました。

お知らせ

 常設展示室近世の展示コーナーに江戸期から明治期にかけての雛人形を展示しました。
江戸時代中期以降、江戸日本橋十軒店で雛の販売が本格的になる中で、中山道、北国街道、甲州道中などを通じて、小諸、上田、松代、松本などの城下町の雛店に雛人形がもたらされました。上田城下では大坂屋、松本城下では生安寺小路(現在の通称は高砂町)の雛店が有名です。
2月の下旬には店頭に並べられ、城下町の豪商はもとより、各地の村役人層を中心に購入され、また松本押絵、土雛、達磨も手頃な贈答品として購入されました。
当館に所蔵されている享保雛や古今雛から、江戸時代の節句の一断面をご覧いただきたいと思います。

一般の庶民が紙製の雛や、土製の雛で上巳の節句(雛祭りのこと)を祝う中で、豪農や豪商クラスの人々は享保雛や古今雛など衣裳雛を贈答品として使っていました。
享保雛は江戸時代に流行した衣裳雛です。江戸時代中期以前から発達したとされるもので、面長な顔立ちや女雛の袴がふくらんでいる所などに特徴があります。「享保」という名称は当時使われていた名称ではなく、明治以降に名づけられたものです。
古今雛は江戸時代の中ごろ、安永(1772〜81年)頃に江戸の町で製作・販売が始まった人形で、現在の内裏雛はこの系譜をひきます。「古今雛」の名称も当時から使われていました。今回は、諏訪郡富士見町の旧家から寄贈いただいた二対の享保雛、千曲市の旧家から寄贈いただいた二対の古今雛を中心に展示します。
展示期間は3月7日(火)から3月26日(日)までです。 

雛人形展示しました。
古今雛(当館蔵)
[ 2017-03-08 ]

おおきなおなべとちいさなおなべ -縄文土器展への招待状 その1- 

お知らせ

 秋の縄文土器展に向け準備をはじめています。実はここだけの話ですが、3月後半から始まる常設展示室の縄文コーナーは、秋の本番に向けての前振りです。常設展を見ながら、秋の企画の意図・思惑を感じていただけばと思っております。
 と言うことで、最初にご紹介する土器(写真)は、塩尻市剣ノ宮(つるのみや)遺跡の同じ竪穴住居跡から出た大・小2点です。塩尻市平出博物館からお借りしてきました。
この二つを見ると、二宮由紀子作・石黒ヒロユキ絵『おおきなおなべとちいさなおなべ』を思い出し、ほのぼのとした笑いがこみ上げてきそうです。相手よりも自分が優れている点を自慢しあいながらも、各々の利点を生かし、協力して料理を作り、最後は同じ棚に仲良く収納されるといった筋だったと記憶しています。未就学児向けの絵本ですが、自家製土器を自慢して他地域のモノを貶(けな)しつつ、それでも相手の良さも気になってしまい、折り合いをつけていく・・・。縄文人にも、われわれにも通じる話です。
 ところで、故佐原真先生がおっしゃっていたように、暖かい国の鍋は浅く、寒さの厳しい北国の鍋は深くなる傾向があります。約5千年前の縄文時代中期ですと、常緑の照葉樹林帯にあたる西日本や東海では浅くて薄い鍋、落葉広葉樹林帯から北の中央高地〜北海道では深くて分厚い鍋が多くなります。「寒い冬は、いろりの灰の中に深い鍋を差し込んで、コトコト煮込むのが一番!」なんて思っていた剣ノ宮遺跡の縄文人、西から運ばれてきた“ちいさなおなべ”を見て、何と思ったのでしょうか?鍋と思わなかったのか、この土器の内外面には赤彩が施されていました。
 さて、あまりネタばらしをしてはいけないので、常設展示室で“凸凹コンビ”のホンモノを見つけていただき、「なぜ運ばれてきたのか」「どうしてこんなに違うのか」「似ているところは」等々、いろいろと想像を巡らせてみてください。

おおきなおなべとちいさなおなべ -縄文土器展への招待状 その1- 
地元の深い鍋と、西日本から来た浅い鍋 剣ノ宮遺跡 第27号住居跡出土土器(塩尻市平出博物館蔵)
[ 2017-02-28 ]

軽食・喫茶「科野の里」でほっと一息

お知らせ

 当館エントランスに入って左奥にある軽食・喫茶「科野の里」をご存知でしょうか。当館の見学や講座・講演会の後に立ち寄り、感想を話されていくお客様もいらっしゃるようです。

 開館当時からこの「科野の里」を切り盛りしているのが村山さんです。当館のことはもちろん、地域のことにもくわしく、頼りになります。明るく気さくな方なので、村山さんの人柄に惹かれて立ち寄る常連さんもいらっしゃいます。メニューはドリンク類と軽食があります。軽食はほぼワンコインなので、気軽に利用できます。

 通常のメニューではありませんが、学校の団体見学限定(10名様以上)で「古代風おにぎり弁当」が用意されています。古代紫米を使ったおにぎりなど当館の見学時にぴったりの内容で、大変人気があります。こちらは要予約となっていますので、ご注意ください。

 まだまだ寒い日が続きますが、当館ご来館の折には、軽食・喫茶「科野の里」の温かい飲み物や食事でほっと一息されてはいかがでしょうか。

村山さんから一言
「店内に一歩足を踏み入れたお客様はすぐに仲良しになれる憩いの空間で、みなさん楽しく語らっておられます。貴方もお仲間になりませんか?お待ちしております。」

軽食・喫茶「科野の里」でほっと一息
軽食・喫茶「科野の里」
軽食・喫茶「科野の里」でほっと一息
山菜そば 500円
[ 2017-02-20 ]

王滝村崩越(くずしご)遺跡の土器がふるさとに帰ります

お知らせ

 常設展示室の縄文コーナーを飾っていた木曽郡王滝村崩越遺跡出土の土器群が、2月末で展示を終了し、3月にはふるさとの王滝村へ帰ります。
 当初は、昨秋の『木曽の宝』展に合わせて借用・展示する予定でしたが、「木曽の宝が北信にやって来るせっかくの機会」ということで、1年間にわたって公開させていただきました。王滝村のみなさん、ありがとうございました。
 この資料は、「木曽は文化の十字路」ということが、約5千年前の縄文時代中期においても実感できる例です。1軒の竪穴住居跡から、松本・諏訪・伊那、さらには岐阜や静岡、北陸にルーツを持つ土器が出土したからです。木曽縄文人にとっても、現代人にとっても、各地の土器を一目で見比べることができる「お得感のあるセット」です。
 展示期間は残りわずかとなりました。開催中の『信濃国の城と城下町』展と合わせ、ぜひご覧ください。お待ちしております。

王滝村崩越(くずしご)遺跡の土器がふるさとに帰ります
常設展示室での展示風景
[ 2017-02-14 ]

県内ケーブルテレビ局との連携を進めます

お知らせ

 日本ケーブルテレビ連盟信越支部長野県協議会と当館は、「番組制作及び放送等による地域連携事業の実施に関する協定書」に調印いたしました。これにより、歴史館の講座やイベントの映像が協議会に加盟している県下33のケーブルテレビ局(エリア内視聴可能エリア405,000世帯)で放映され、より多くのみなさまに歴史館や信濃の歴史を身近に感じていただけるようになります。また、制作された映像を当館でも活用できるよう準備を進めて参ります。なお、このような取り組みは全国的にも例がないものです。

 1月27日に行われた調印式では、日本ケーブルテレビ連盟信越支部長野県協議会の 原 勉 会長と当館 笹本正治 館長が協定書に署名捺印し、協定が締結されました。また、会場には、マスコミ各社が取材に訪れ、関心の高さが伺えました。今後も県民のみなさまが身近に感じ、利用しやすい歴史館をめざし努力を重ねていきます。 

県内ケーブルテレビ局との連携を進めます
調印式の様子(1/27県立歴史館にて)
[ 2017-02-02 ]
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