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吉田初三郎「長野県の温泉と名勝」

お知らせ

今回から展示資料をご紹介します。

初回は、今回の目玉である吉田初三郎「長野県之温泉と名勝」。
この資料は2年ぶりのお披露目ですが、
展示のために巻物状に保存されていた作品を開いたときには、
あまりの色彩の美しさに職員からも「お〜!」という、
感動の声があがりました。

1932(昭和7)年、吉田初三郎が長野県の依頼により制作した作品です。
全幅4mを越える大作で、1935(昭和10)年に長野県観光協会が、
この作品を利用して「観光信州」という鳥瞰図付きパンフレットを製作しました。
その後、大切に保管されていたため保存状態がよく、
現在でも制作時に近い見事な色彩を楽しむことができます。

また、現在この作品を展示している台は、
なるべく近くでご覧いただきたいとの思いから、
2年前に製作した専用のものです。

今回必見の「長野県之温泉と名勝」。
担当者としても多くの方々に直接ご覧いただければと思います。
ぜひ歴史館へお越しください。

次回はこの資料の内容をご紹介します。

吉田初三郎「長野県の温泉と名勝」
[ 2014-02-07 ]

「戦前の観光信州」始まりました

イベント

2月1日より「戦前の観光信州」が始まりました。
この週末は予想以上に多くの方々にご来館いただき、感謝しております。
ご観覧いただいた方々からは
「こんな所に富士山が!」
「青森がかいてある。あ、こっちにも!」
「こんなところに電車が走っていたんだ!」などの声が聞こえ、
鳥瞰図を楽しんでいただけたようです。

お住まいの地域の昭和初期の姿をみに、ぜひ歴史館にお越しください。
次回からは展示資料の紹介をしたいと思います。

「戦前の観光信州」始まりました
[ 2014-02-05 ]

「戦前の観光信州」準備中です

イベント

はしごに登って高所での作業、重い台の運搬、くぎ打ちなどなど・・・
これが学芸員の行う、展示会前の準備作業です。もちろん資料自体を扱う作業もありますが、それに伴う地道な作業が“8割”といったら言い過ぎでしょうか。意外と体力勝負です。
現在準備しているのは、2月1日(土)から始まる館蔵品展「戦前の観光信州」。今回の主役は、空高く舞い上がった鳥の視点で観光地を描いた鳥瞰図です。これを紹介しながら昭和初期の信州の観光を振り返ります。
なるべく頻繁にブログで情報発信しますのでお楽しみに!

「戦前の観光信州」準備中です
準備風景
[ 2014-01-30 ]

屋代遺跡群出土木製品の取り上げ開始(木器保存処理室より4)

お知らせ

現在、PEG含浸(木器処理室より2参照)による保存処理を進めています。先頃、E槽が開始から2年を経過し、千曲市屋代遺跡群出土品など1,287点の取り上げが可能になりました。そこで、1月8日(水)から、ボランティアの方を含めた5人前後で、一日平均200点、週2日ほどのペースで、取り上げを行っています。
 「どうして一気にとりあげないの?」 とお思いでしょうが、それにはわけがあります。
 60℃前後に保たれた含浸槽内で液体だったPEGは、室温にさらされると急速に固まります。木製品内部は、これによって補強されますが、問題は木製品の表面です。「熱っちっち・・・」などと言いながら取り上げた木製品には、ドロドロのPEGがべったりと付き、黒ビカリしています(下写真)。これを素早く拭き取らないと、真っ白く固まってしまうのです。少しでも時間が経過してしまうと、例えば、白砂糖をまだらにコーティングしたおせんべいのようになってしまいます。こうなると、木製品を傷つけずに白い塊を外すには困難が伴います。そのため、“一人一点必殺”の手順で、素早く作業を進める方法をとっています。
 とは言え、そこは脆弱な出土木製品なので、早さだけを追求するわけには行きません。細心の注意を払い、木製品が毛羽立ったり、破損しないように慎重に拭き取らなくてはならないのです。熟練の技が発揮される場面です。
 と言うことで、いっぺんにたくさん処置するわけにも行かず、神経もすり減るため、1月末頃までかけて、順次、取り上げていく予定です。
 今回の木製品は、報告書に掲載し切れなかったモノがほとんどですが、馬形木製品の脚と思われる棒状製品や建具などの部材片等が含まれていました。奈良時代の屋代地域における木工技術を復原するには、貴重な資料となりそうです。ただし、展示までには、まだいくつもの工程が残っているため、お披露目できるのはもう少し先になります。

屋代遺跡群出土木製品の取り上げ開始(木器保存処理室より4)
[ 2014-01-21 ]

名主(なぬし)の決死の覚悟が読みとれる古文書 冬季展「山国の水害」より

お知らせ

寛保2年(1742)8月27日から30日(旧暦7月27日から8月1日)にかけての豪雨により、死者約3,000人と言われる千曲川最大の洪水「戌(いぬ)の満水(まんすい)」が発生しました。被害は千曲川上流では支流の土石流、下流では本流の洪水によるものでした。被害の状況が各地に残されており、本資料はその一つです。延徳(えんとく)田んぼ23カ村の名主(なぬし)が直訴願書をもって江戸へ行ったこと、帰ってきた18カ村の名主の身なりが、旅費が足りなくなったために乞食のようだったこと、などが書かれています。決死の覚悟での直訴だっことがわかります。

名主(なぬし)の決死の覚悟が読みとれる古文書 冬季展「山国の水害」より
「寛保(かんぽう)三年亥(い)二月 江戸表(えどおもて)ニテ高井郡廿三ヶ村飢人夫食(うえにんぶじき)御拝借(ごはいしゃく)御直訴(おんじきそ)願書(ねがいがき)写」(小布施町郷原神社蔵)
[ 2014-01-07 ]

善光寺地震がわかる一級史料 冬季展「山国の水害」より 

イベント

弘化4年(1847)5月8日(旧暦3月24日)、マグニチュード7.4と推定される善光寺地震が発生しました。善光寺では御開帳が開催されていたため多くの人的被害を出しました。この地震の被害状況、岩倉山の崩壊と犀川の塞き止め、復旧対策の様子などを詳細かつ客観的に記録したものが『むし倉日記』です。著者は松代藩家老河原(かわら)綱徳(つなのり)で、真田家の歴史書『真田家御事蹟稿(ごじせきこう)』の編者でもあります。河原綱徳が、月番家老で情報を把握できる立場であったこと、当時松代藩きっての能筆家であったことから、本書は善光寺地震を知ることができる一級の史料です。本書は、『むし倉日記』の原本であり、河原家から『信濃史料』の編纂に取り組まれた米山一政氏に寄贈され、その後米山一政氏から県立歴史館に寄贈されたものです。

善光寺地震がわかる一級史料 冬季展「山国の水害」より 
むし倉日記(江戸時代 当館蔵)
[ 2013-12-12 ]

PEG槽に入る社宮司(しゃぐうじ)遺跡の木器たち (木器処理室より2)

お知らせ

遺跡から出土した木器はとても弱く、そのままでは遠い将来まで残しておくことができません。そこで、ポリエチレングリコール(PEG)という合成樹脂を、木器に染み込ませる方法で保存処理を行っています。
 まず、大型ステンレス槽(写真の左側に見えるもの)にPEG溶液を満たし、そこに添え木や綿などで保護した木器を浸していきます。PEGを無理なく、まんべんなく木器に浸透させるため、最初は、20%のPEG溶液からはじめます。その後、3〜4ヶ月ごとに順次濃度を上げ、約2年ほどかけて、100%のPEGが木の細胞のすき間全体に行き渡るようにします。この間、PEGが一部分に偏って固まらないようにするため、常時、PEG槽を加温・循環させておきます。
 現在、3つの槽を稼働していますが、これに加え、10月18日(金)〜27日(日)の間に、4槽目へ木器を浸す作業を行いました。
 今回は、千曲市:社宮司遺跡出土品を中心に、1,900点余りが対象です。社宮司と言えば、県宝に指定された六角宝幢(ろっかくほうどう)が出土した遺跡です。今回、宝幢と同じ溝で眠っていた平安時代の木製品が多数PEG槽に入りました。保存処理後には、晴れて展示室デビューができます。さらに、条件さえ整えば、安心して手に取って研究を進めることも可能になります。ご期待ください。
 実は、木器をPEG槽に入れる前にも一仕事あります。この辺については、次回のブログでご紹介したいと思ってます。

※六角宝幢=木製の仏教関係の塔で、平安時代の出土例としてはひじょうに珍しい。赤外線で撮影した画像をデジタル処理すると、全面に仏画が描かれていることがわかった。法会の際の荘厳具説、供養塔説などがある。

PEG槽に入る社宮司(しゃぐうじ)遺跡の木器たち (木器処理室より2)
1点1点チェックしながら、PEG槽投入用のカゴに木器を並べる
[ 2013-11-21 ]

普及・公開の殿堂「平出遺跡」おそるべし!

お知らせ

10月19日(土)、考古学講座「遺跡探訪バスツアー」で、松本・塩尻方面を訪れました。今年は、松本市立博物館で開催されている「発掘された日本列島2013」を中心に、松本市立考古博物館と塩尻市平出博物館の関連展示、さらに松本城二の丸の石垣改修工事現場、史跡整備事業が完了した平出遺跡公園などを見学しました。
 解説をしていただいた各施設担当者の熱が伝わったためか、説明に耳をかたむけるだけでなく、次々と質問が出て、時間が足りなくなる場面が多々ありました。時計を気にしながら先を急がせた添乗員(下写真で蛍光色ジャケット着用)としては心苦しいばかりでした。解説してくださったみなさんありがとうございました。
 平出博物館では、「昭和25年の発掘に学生で参加していた・・・」とか、「初任地がすぐ近くで・・・」とか、「昭和30年代、(改築前の)博物館に遠足で来た・・・」等々、平出遺跡にまつわる思い出話が、次々と飛び出しました。昭和〜平成を通じ、長年、発掘調査と保存活動、普及・公開活動に力を入れてきた平出遺跡関係者の底力と蓄積を見せられたようでした。「う〜む!平出遺跡おそるべし!」といった感じです。
 今、県立歴史館を訪れてくれる小・中学生たちも、数十年後に、何らかのイベントで再訪してくれた折り、「勾玉作りが楽しかったよね」とか、「私の時のナウマン象は・・・」とか、「昔も今も、ていねいに解説してくれて・・・」等々、歴史館のことをネタにして、見知らぬ人同士で、話に花が咲くと嬉しいのですが・・・。平出遺跡を訪れて思いを新たにした添乗員でした。
・松本まるごと博物館 http://www.matsuhaku.com/maruhaku/guide/shiritsu/
・松本城管理事務所

http://www.city.matsumoto.nagano.jp/shisei/buka/kyoikubu/gyoum.html

・平出博物館
http://www.city.shiojiri.nagano.jp/tanoshimu/hakubutukan/hiraidehakubutukan/

普及・公開の殿堂「平出遺跡」おそるべし!
[ 2013-11-01 ]

企画展示室より

お知らせ

美濃出身の藤原信舎(ふじわらのぶいえ)は、安土桃山時代から江戸時代初頭にかけて、諏訪で作刀した、信濃ゆかりの刀工です。本作は、第二次世界大戦後の昭和20年代初頭にGHQが接収した、いわゆる「赤羽刀(あかばねとう)」の中の一点で、平成7年に成立した「接収刀剣類の処理に関する法律」により、国から長野県に無償譲与されました。銘文に「信州諏訪住」と明記されている貴重な作例です。
今回紹介した刀は、長野県立歴史館で11月4日(月)まで開催中の秋季企画展「刃が語る信濃」で展示しています。ぜひご観覧ください。

企画展示室より
刀 銘 信州諏訪住藤原信舎
[ 2013-10-23 ]

企画展示室より「武人埴輪を描こう!」

お知らせ

現在公開中の秋季企画展「刃が語る信濃」では、子ども向け企画として、展示室内資料を描く行事を行っています。描くことで、資料をじっくり見ていただき、様々な作品が出来上がっています。武人埴輪だけでなく、美しく装飾された刀の拵(こしらえ)を描いた作品もあり、様々に楽しんで頂いています。出来上がった作品は、企画展示室入口で紹介しています。この企画は、会期中の土曜・日曜・祝日、展示室内にて行っています。画材は無料でお貸ししています。入口の係員に、お声がけください。観覧の思い出に、いかがでしょうか。

企画展示室より「武人埴輪を描こう!」
[ 2013-10-09 ]
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