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資料No 43
西暦 1333
和暦 元弘3年5月8日
説明 中野家平が、京都合戦に際して足利高氏方として参陣したことを上申し、足利高氏から証判を得た着到状。中野家平は中野郷の一分地頭(郷全体の地頭ではなく、郷の一部を知行していた地頭)である中野定心の子。京都合戦は足利高氏らが鎌倉幕府の六波羅探題を攻め滅ぼした戦い。同日の参陣については元弘3年5月14日付けの中野家平着到状(044)も残る。

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