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赤い土器のクニ


開催期間:平成30年3月〜

 弥生時代の終わりころ(約1800年前)、県内各地には、共同墓地を伴い、大きな溝で囲まれたムラが造られていました。千曲川流域では、同じ形の壺や高坏などを作り、赤く塗るといった共通性も強まります。このことから、この地域を「赤い土器のクニ」と呼ぶことがあります。シナノ国が誕生するまでの間、県内にはいくつかのクニのまとまりができていたと考えられています。
 新幹線建設に伴い調査を行った長野市篠ノ井遺跡群では、この時期の墓地が見つかりました。お墓の周囲をまるく溝で囲んだ円形周溝墓(えんけいしゅうこうぼ)が密集しており、お供え用や埋葬用に使われた大小さまざまな赤い土器が出土しています。
天竜川流域の赤く塗らない土器と比べ、その違いもご覧ください。



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古代の布


開催期間:平成30年3月〜

 古代の信濃では、貢納用や商品などとして、苧〈からむし〉や大麻を育て、糸を紡ぎ、布を織っていました。東大寺正倉院には、信濃国印が押された白布が納められています。また、平安時代の中ごろになると、信濃国で作られた布は安定した品質から「信濃布」とよばれるようになります。
 今回の展示では、「正倉院白布」「布袴」「信濃国印」(いずれも復原模造)のほか、信濃と布との関係がうかがえる「屋代木簡」(複製)、布が織られるまでの工程で使われる「苧引金具〈おびきかなぐ〉」や「紡錘車〈ぼうすいしゃ〉」を展示します。
 なお、当館編著『日常生活からひもとく信州』(2018年3月発刊)でも信濃と麻の関係を取り上げた話題がありますので、あわせてお読みください。



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東アジアと信濃


開催期間:平成30年3月〜

 鎌倉時代から戦国時代まで日本では独自の流通貨幣を鋳造(ちゆうぞう)せず、中国から輸入した銅銭を使用していました。東アジア経済圏に組み込まれていたのです。当時は1枚の銅銭を一文(いちもん)(約3.75グラム)、1000枚で一貫という単位でした。展示コーナー横では、実際に銭一貫文の重さを体験することができます。銅銭だけでなく、中国で作られ、日本に運ばれた青磁花瓶(せいじけびょう)や青磁盤(せいじばん)も展示します。
 伊那郡の知久氏出身の禅僧 天与清啓(てんよせいけい)は遣明正使として二度中国へ渡っています。雪舟等楊(せっしゅうとうよう)の描いた湖亭春望図(こていしゅんぼうず)に清啓が賛(さん)(漢詩文)を記しています。清啓の二度目の船には雪舟が乗船しており、雪舟の画に清啓が漢詩文を記したことから二人の深い交流がしのばれます。今回は、この湖亭春望図(複製)を展示します。
 中世の信濃では、中国から入ってきた禅宗の文化や陶磁器、銭などがとりいれられ、大陸と直接交流を持つ人びとも活躍していました。東アジアと深く関わっていたことが伺えます。



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関所・番所


開催期間:平成30年3月〜

 江戸時代、幕府や各藩は、交通の要地に関所・番所を設け、人や物の出入りを取り締まっていました。小規模な関所を口留番所(くちどめばんしょ)と呼び、番人を置き、袖搦(そでがらみ)・突棒(つくぼう)・刺股(さすまた)などの捕り物道具を常備していました。
 松代藩は20か所の口留番所を設けました。その一つが、善光寺・大町峰街道の要地に設けられた、椿嶺村(つばみねむら:上水内郡小川村)の立屋(たてや)口留番所です。この番人を代々務めてきたのが鈴木家であり、当家に伝わる資料(寄託資料)を展示します。袖搦・突棒は長さが約260?、刺股は長さが約280?あり、警護・用心のための三つ道具とよばれます。番所関係の古文書史料も数多く残され、人(嫁や妻)や商品(馬・酒・漆の実・穀物等)に関わる通行許可願や番所の規定書、鉄砲所持許可書なども展示し、番所や通行・流通についての一端をお伝えします。



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商標シルクラベル

常設展示室 近代 生糸とシルクラベル
常設展示室 近代 生糸とシルクラベル

開催期間:平成29年9月〜

生糸を輸出する際に、製糸会社が製品に貼布した商標がシルクラベルです。おもな輸出先であるアメリカに合わせて、製造社名、工場の所在地などが英語とローマ字で表記されています。シルクラベルの図柄は動植物をあしらったものや、武士や日本の神々を描いた日本的な意匠など、各社でデザインに趣向を凝(こ)らしています。このようなデザインの豊富さや面白さから、全国にはシルクラベルのコレクターも多いといわれています。当館では、以前よりシルクラベルを収集してきました。
今回は、その中から、長野県内の製糸工場のシルクラベルの一部を生糸の束とともに展示しました。ラベルに「RAW SILK(生糸)」という文字とともにその図柄をご覧いただき、明治から昭和期に、各製糸会社が信頼される製品づくりにかけた熱い思いの一端を感じ取っていただければ幸いです。



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赤い土器のクニ


開催期間:平成30年3月〜

 弥生時代の終わりころ(約1800年前)、県内各地には、共同墓地を伴い、大きな溝で囲まれたムラが造られていました。千曲川流域では、同じ形の壺や高坏などを作り、赤く塗るといった共通性も強まります。このことから、この地域を「赤い土器のクニ」と呼ぶことがあります。シナノ国が誕生するまでの間、県内にはいくつかのクニのまとまりができていたと考えられています。
 新幹線建設に伴い調査を行った長野市篠ノ井遺跡群では、この時期の墓地が見つかりました。お墓の周囲をまるく溝で囲んだ円形周溝墓(えんけいしゅうこうぼ)が密集しており、お供え用や埋葬用に使われた大小さまざまな赤い土器が出土しています。
天竜川流域の赤く塗らない土器と比べ、その違いもご覧ください。



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古代の布


開催期間:平成30年3月〜

 古代の信濃では、貢納用や商品などとして、苧〈からむし〉や大麻を育て、糸を紡ぎ、布を織っていました。東大寺正倉院には、信濃国印が押された白布が納められています。また、平安時代の中ごろになると、信濃国で作られた布は安定した品質から「信濃布」とよばれるようになります。
 今回の展示では、「正倉院白布」「布袴」「信濃国印」(いずれも復原模造)のほか、信濃と布との関係がうかがえる「屋代木簡」(複製)、布が織られるまでの工程で使われる「苧引金具〈おびきかなぐ〉」や「紡錘車〈ぼうすいしゃ〉」を展示します。
 なお、当館編著『日常生活からひもとく信州』(2018年3月発刊)でも信濃と麻の関係を取り上げた話題がありますので、あわせてお読みください。



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東アジアと信濃


開催期間:平成30年3月〜

 鎌倉時代から戦国時代まで日本では独自の流通貨幣を鋳造(ちゆうぞう)せず、中国から輸入した銅銭を使用していました。東アジア経済圏に組み込まれていたのです。当時は1枚の銅銭を一文(いちもん)(約3.75グラム)、1000枚で一貫という単位でした。展示コーナー横では、実際に銭一貫文の重さを体験することができます。銅銭だけでなく、中国で作られ、日本に運ばれた青磁花瓶(せいじけびょう)や青磁盤(せいじばん)も展示します。
 伊那郡の知久氏出身の禅僧 天与清啓(てんよせいけい)は遣明正使として二度中国へ渡っています。雪舟等楊(せっしゅうとうよう)の描いた湖亭春望図(こていしゅんぼうず)に清啓が賛(さん)(漢詩文)を記しています。清啓の二度目の船には雪舟が乗船しており、雪舟の画に清啓が漢詩文を記したことから二人の深い交流がしのばれます。今回は、この湖亭春望図(複製)を展示します。
 中世の信濃では、中国から入ってきた禅宗の文化や陶磁器、銭などがとりいれられ、大陸と直接交流を持つ人びとも活躍していました。東アジアと深く関わっていたことが伺えます。



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関所・番所


開催期間:平成30年3月〜

 江戸時代、幕府や各藩は、交通の要地に関所・番所を設け、人や物の出入りを取り締まっていました。小規模な関所を口留番所(くちどめばんしょ)と呼び、番人を置き、袖搦(そでがらみ)・突棒(つくぼう)・刺股(さすまた)などの捕り物道具を常備していました。
 松代藩は20か所の口留番所を設けました。その一つが、善光寺・大町峰街道の要地に設けられた、椿嶺村(つばみねむら:上水内郡小川村)の立屋(たてや)口留番所です。この番人を代々務めてきたのが鈴木家であり、当家に伝わる資料(寄託資料)を展示します。袖搦・突棒は長さが約260?、刺股は長さが約280?あり、警護・用心のための三つ道具とよばれます。番所関係の古文書史料も数多く残され、人(嫁や妻)や商品(馬・酒・漆の実・穀物等)に関わる通行許可願や番所の規定書、鉄砲所持許可書なども展示し、番所や通行・流通についての一端をお伝えします。



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商標シルクラベル

常設展示室 近代 生糸とシルクラベル
常設展示室 近代 生糸とシルクラベル

開催期間:平成29年9月〜

生糸を輸出する際に、製糸会社が製品に貼布した商標がシルクラベルです。おもな輸出先であるアメリカに合わせて、製造社名、工場の所在地などが英語とローマ字で表記されています。シルクラベルの図柄は動植物をあしらったものや、武士や日本の神々を描いた日本的な意匠など、各社でデザインに趣向を凝(こ)らしています。このようなデザインの豊富さや面白さから、全国にはシルクラベルのコレクターも多いといわれています。当館では、以前よりシルクラベルを収集してきました。
今回は、その中から、長野県内の製糸工場のシルクラベルの一部を生糸の束とともに展示しました。ラベルに「RAW SILK(生糸)」という文字とともにその図柄をご覧いただき、明治から昭和期に、各製糸会社が信頼される製品づくりにかけた熱い思いの一端を感じ取っていただければ幸いです。



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赤い土器のクニ


開催期間:平成30年3月〜

 弥生時代の終わりころ(約1800年前)、県内各地には、共同墓地を伴い、大きな溝で囲まれたムラが造られていました。千曲川流域では、同じ形の壺や高坏などを作り、赤く塗るといった共通性も強まります。このことから、この地域を「赤い土器のクニ」と呼ぶことがあります。シナノ国が誕生するまでの間、県内にはいくつかのクニのまとまりができていたと考えられています。
 新幹線建設に伴い調査を行った長野市篠ノ井遺跡群では、この時期の墓地が見つかりました。お墓の周囲をまるく溝で囲んだ円形周溝墓(えんけいしゅうこうぼ)が密集しており、お供え用や埋葬用に使われた大小さまざまな赤い土器が出土しています。
天竜川流域の赤く塗らない土器と比べ、その違いもご覧ください。



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古代の布


開催期間:平成30年3月〜

 古代の信濃では、貢納用や商品などとして、苧〈からむし〉や大麻を育て、糸を紡ぎ、布を織っていました。東大寺正倉院には、信濃国印が押された白布が納められています。また、平安時代の中ごろになると、信濃国で作られた布は安定した品質から「信濃布」とよばれるようになります。
 今回の展示では、「正倉院白布」「布袴」「信濃国印」(いずれも復原模造)のほか、信濃と布との関係がうかがえる「屋代木簡」(複製)、布が織られるまでの工程で使われる「苧引金具〈おびきかなぐ〉」や「紡錘車〈ぼうすいしゃ〉」を展示します。
 なお、当館編著『日常生活からひもとく信州』(2018年3月発刊)でも信濃と麻の関係を取り上げた話題がありますので、あわせてお読みください。



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東アジアと信濃


開催期間:平成30年3月〜

 鎌倉時代から戦国時代まで日本では独自の流通貨幣を鋳造(ちゆうぞう)せず、中国から輸入した銅銭を使用していました。東アジア経済圏に組み込まれていたのです。当時は1枚の銅銭を一文(いちもん)(約3.75グラム)、1000枚で一貫という単位でした。展示コーナー横では、実際に銭一貫文の重さを体験することができます。銅銭だけでなく、中国で作られ、日本に運ばれた青磁花瓶(せいじけびょう)や青磁盤(せいじばん)も展示します。
 伊那郡の知久氏出身の禅僧 天与清啓(てんよせいけい)は遣明正使として二度中国へ渡っています。雪舟等楊(せっしゅうとうよう)の描いた湖亭春望図(こていしゅんぼうず)に清啓が賛(さん)(漢詩文)を記しています。清啓の二度目の船には雪舟が乗船しており、雪舟の画に清啓が漢詩文を記したことから二人の深い交流がしのばれます。今回は、この湖亭春望図(複製)を展示します。
 中世の信濃では、中国から入ってきた禅宗の文化や陶磁器、銭などがとりいれられ、大陸と直接交流を持つ人びとも活躍していました。東アジアと深く関わっていたことが伺えます。



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関所・番所


開催期間:平成30年3月〜

 江戸時代、幕府や各藩は、交通の要地に関所・番所を設け、人や物の出入りを取り締まっていました。小規模な関所を口留番所(くちどめばんしょ)と呼び、番人を置き、袖搦(そでがらみ)・突棒(つくぼう)・刺股(さすまた)などの捕り物道具を常備していました。
 松代藩は20か所の口留番所を設けました。その一つが、善光寺・大町峰街道の要地に設けられた、椿嶺村(つばみねむら:上水内郡小川村)の立屋(たてや)口留番所です。この番人を代々務めてきたのが鈴木家であり、当家に伝わる資料(寄託資料)を展示します。袖搦・突棒は長さが約260?、刺股は長さが約280?あり、警護・用心のための三つ道具とよばれます。番所関係の古文書史料も数多く残され、人(嫁や妻)や商品(馬・酒・漆の実・穀物等)に関わる通行許可願や番所の規定書、鉄砲所持許可書なども展示し、番所や通行・流通についての一端をお伝えします。



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商標シルクラベル

常設展示室 近代 生糸とシルクラベル
常設展示室 近代 生糸とシルクラベル

開催期間:平成29年9月〜

生糸を輸出する際に、製糸会社が製品に貼布した商標がシルクラベルです。おもな輸出先であるアメリカに合わせて、製造社名、工場の所在地などが英語とローマ字で表記されています。シルクラベルの図柄は動植物をあしらったものや、武士や日本の神々を描いた日本的な意匠など、各社でデザインに趣向を凝(こ)らしています。このようなデザインの豊富さや面白さから、全国にはシルクラベルのコレクターも多いといわれています。当館では、以前よりシルクラベルを収集してきました。
今回は、その中から、長野県内の製糸工場のシルクラベルの一部を生糸の束とともに展示しました。ラベルに「RAW SILK(生糸)」という文字とともにその図柄をご覧いただき、明治から昭和期に、各製糸会社が信頼される製品づくりにかけた熱い思いの一端を感じ取っていただければ幸いです。



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赤い土器のクニ


開催期間:平成30年3月〜

 弥生時代の終わりころ(約1800年前)、県内各地には、共同墓地を伴い、大きな溝で囲まれたムラが造られていました。千曲川流域では、同じ形の壺や高坏などを作り、赤く塗るといった共通性も強まります。このことから、この地域を「赤い土器のクニ」と呼ぶことがあります。シナノ国が誕生するまでの間、県内にはいくつかのクニのまとまりができていたと考えられています。
 新幹線建設に伴い調査を行った長野市篠ノ井遺跡群では、この時期の墓地が見つかりました。お墓の周囲をまるく溝で囲んだ円形周溝墓(えんけいしゅうこうぼ)が密集しており、お供え用や埋葬用に使われた大小さまざまな赤い土器が出土しています。
天竜川流域の赤く塗らない土器と比べ、その違いもご覧ください。



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古代の布


開催期間:平成30年3月〜

 古代の信濃では、貢納用や商品などとして、苧〈からむし〉や大麻を育て、糸を紡ぎ、布を織っていました。東大寺正倉院には、信濃国印が押された白布が納められています。また、平安時代の中ごろになると、信濃国で作られた布は安定した品質から「信濃布」とよばれるようになります。
 今回の展示では、「正倉院白布」「布袴」「信濃国印」(いずれも復原模造)のほか、信濃と布との関係がうかがえる「屋代木簡」(複製)、布が織られるまでの工程で使われる「苧引金具〈おびきかなぐ〉」や「紡錘車〈ぼうすいしゃ〉」を展示します。
 なお、当館編著『日常生活からひもとく信州』(2018年3月発刊)でも信濃と麻の関係を取り上げた話題がありますので、あわせてお読みください。



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東アジアと信濃


開催期間:平成30年3月〜

 鎌倉時代から戦国時代まで日本では独自の流通貨幣を鋳造(ちゆうぞう)せず、中国から輸入した銅銭を使用していました。東アジア経済圏に組み込まれていたのです。当時は1枚の銅銭を一文(いちもん)(約3.75グラム)、1000枚で一貫という単位でした。展示コーナー横では、実際に銭一貫文の重さを体験することができます。銅銭だけでなく、中国で作られ、日本に運ばれた青磁花瓶(せいじけびょう)や青磁盤(せいじばん)も展示します。
 伊那郡の知久氏出身の禅僧 天与清啓(てんよせいけい)は遣明正使として二度中国へ渡っています。雪舟等楊(せっしゅうとうよう)の描いた湖亭春望図(こていしゅんぼうず)に清啓が賛(さん)(漢詩文)を記しています。清啓の二度目の船には雪舟が乗船しており、雪舟の画に清啓が漢詩文を記したことから二人の深い交流がしのばれます。今回は、この湖亭春望図(複製)を展示します。
 中世の信濃では、中国から入ってきた禅宗の文化や陶磁器、銭などがとりいれられ、大陸と直接交流を持つ人びとも活躍していました。東アジアと深く関わっていたことが伺えます。



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関所・番所


開催期間:平成30年3月〜

 江戸時代、幕府や各藩は、交通の要地に関所・番所を設け、人や物の出入りを取り締まっていました。小規模な関所を口留番所(くちどめばんしょ)と呼び、番人を置き、袖搦(そでがらみ)・突棒(つくぼう)・刺股(さすまた)などの捕り物道具を常備していました。
 松代藩は20か所の口留番所を設けました。その一つが、善光寺・大町峰街道の要地に設けられた、椿嶺村(つばみねむら:上水内郡小川村)の立屋(たてや)口留番所です。この番人を代々務めてきたのが鈴木家であり、当家に伝わる資料(寄託資料)を展示します。袖搦・突棒は長さが約260?、刺股は長さが約280?あり、警護・用心のための三つ道具とよばれます。番所関係の古文書史料も数多く残され、人(嫁や妻)や商品(馬・酒・漆の実・穀物等)に関わる通行許可願や番所の規定書、鉄砲所持許可書なども展示し、番所や通行・流通についての一端をお伝えします。



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商標シルクラベル

常設展示室 近代 生糸とシルクラベル
常設展示室 近代 生糸とシルクラベル

開催期間:平成29年9月〜

生糸を輸出する際に、製糸会社が製品に貼布した商標がシルクラベルです。おもな輸出先であるアメリカに合わせて、製造社名、工場の所在地などが英語とローマ字で表記されています。シルクラベルの図柄は動植物をあしらったものや、武士や日本の神々を描いた日本的な意匠など、各社でデザインに趣向を凝(こ)らしています。このようなデザインの豊富さや面白さから、全国にはシルクラベルのコレクターも多いといわれています。当館では、以前よりシルクラベルを収集してきました。
今回は、その中から、長野県内の製糸工場のシルクラベルの一部を生糸の束とともに展示しました。ラベルに「RAW SILK(生糸)」という文字とともにその図柄をご覧いただき、明治から昭和期に、各製糸会社が信頼される製品づくりにかけた熱い思いの一端を感じ取っていただければ幸いです。



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赤い土器のクニ


開催期間:平成30年3月〜

 弥生時代の終わりころ(約1800年前)、県内各地には、共同墓地を伴い、大きな溝で囲まれたムラが造られていました。千曲川流域では、同じ形の壺や高坏などを作り、赤く塗るといった共通性も強まります。このことから、この地域を「赤い土器のクニ」と呼ぶことがあります。シナノ国が誕生するまでの間、県内にはいくつかのクニのまとまりができていたと考えられています。
 新幹線建設に伴い調査を行った長野市篠ノ井遺跡群では、この時期の墓地が見つかりました。お墓の周囲をまるく溝で囲んだ円形周溝墓(えんけいしゅうこうぼ)が密集しており、お供え用や埋葬用に使われた大小さまざまな赤い土器が出土しています。
天竜川流域の赤く塗らない土器と比べ、その違いもご覧ください。



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古代の布


開催期間:平成30年3月〜

 古代の信濃では、貢納用や商品などとして、苧〈からむし〉や大麻を育て、糸を紡ぎ、布を織っていました。東大寺正倉院には、信濃国印が押された白布が納められています。また、平安時代の中ごろになると、信濃国で作られた布は安定した品質から「信濃布」とよばれるようになります。
 今回の展示では、「正倉院白布」「布袴」「信濃国印」(いずれも復原模造)のほか、信濃と布との関係がうかがえる「屋代木簡」(複製)、布が織られるまでの工程で使われる「苧引金具〈おびきかなぐ〉」や「紡錘車〈ぼうすいしゃ〉」を展示します。
 なお、当館編著『日常生活からひもとく信州』(2018年3月発刊)でも信濃と麻の関係を取り上げた話題がありますので、あわせてお読みください。



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東アジアと信濃


開催期間:平成30年3月〜

 鎌倉時代から戦国時代まで日本では独自の流通貨幣を鋳造(ちゆうぞう)せず、中国から輸入した銅銭を使用していました。東アジア経済圏に組み込まれていたのです。当時は1枚の銅銭を一文(いちもん)(約3.75グラム)、1000枚で一貫という単位でした。展示コーナー横では、実際に銭一貫文の重さを体験することができます。銅銭だけでなく、中国で作られ、日本に運ばれた青磁花瓶(せいじけびょう)や青磁盤(せいじばん)も展示します。
 伊那郡の知久氏出身の禅僧 天与清啓(てんよせいけい)は遣明正使として二度中国へ渡っています。雪舟等楊(せっしゅうとうよう)の描いた湖亭春望図(こていしゅんぼうず)に清啓が賛(さん)(漢詩文)を記しています。清啓の二度目の船には雪舟が乗船しており、雪舟の画に清啓が漢詩文を記したことから二人の深い交流がしのばれます。今回は、この湖亭春望図(複製)を展示します。
 中世の信濃では、中国から入ってきた禅宗の文化や陶磁器、銭などがとりいれられ、大陸と直接交流を持つ人びとも活躍していました。東アジアと深く関わっていたことが伺えます。



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関所・番所


開催期間:平成30年3月〜

 江戸時代、幕府や各藩は、交通の要地に関所・番所を設け、人や物の出入りを取り締まっていました。小規模な関所を口留番所(くちどめばんしょ)と呼び、番人を置き、袖搦(そでがらみ)・突棒(つくぼう)・刺股(さすまた)などの捕り物道具を常備していました。
 松代藩は20か所の口留番所を設けました。その一つが、善光寺・大町峰街道の要地に設けられた、椿嶺村(つばみねむら:上水内郡小川村)の立屋(たてや)口留番所です。この番人を代々務めてきたのが鈴木家であり、当家に伝わる資料(寄託資料)を展示します。袖搦・突棒は長さが約260?、刺股は長さが約280?あり、警護・用心のための三つ道具とよばれます。番所関係の古文書史料も数多く残され、人(嫁や妻)や商品(馬・酒・漆の実・穀物等)に関わる通行許可願や番所の規定書、鉄砲所持許可書なども展示し、番所や通行・流通についての一端をお伝えします。



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商標シルクラベル

常設展示室 近代 生糸とシルクラベル
常設展示室 近代 生糸とシルクラベル

開催期間:平成29年9月〜

生糸を輸出する際に、製糸会社が製品に貼布した商標がシルクラベルです。おもな輸出先であるアメリカに合わせて、製造社名、工場の所在地などが英語とローマ字で表記されています。シルクラベルの図柄は動植物をあしらったものや、武士や日本の神々を描いた日本的な意匠など、各社でデザインに趣向を凝(こ)らしています。このようなデザインの豊富さや面白さから、全国にはシルクラベルのコレクターも多いといわれています。当館では、以前よりシルクラベルを収集してきました。
今回は、その中から、長野県内の製糸工場のシルクラベルの一部を生糸の束とともに展示しました。ラベルに「RAW SILK(生糸)」という文字とともにその図柄をご覧いただき、明治から昭和期に、各製糸会社が信頼される製品づくりにかけた熱い思いの一端を感じ取っていただければ幸いです。



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赤い土器のクニ


開催期間:平成30年3月〜

 弥生時代の終わりころ(約1800年前)、県内各地には、共同墓地を伴い、大きな溝で囲まれたムラが造られていました。千曲川流域では、同じ形の壺や高坏などを作り、赤く塗るといった共通性も強まります。このことから、この地域を「赤い土器のクニ」と呼ぶことがあります。シナノ国が誕生するまでの間、県内にはいくつかのクニのまとまりができていたと考えられています。
 新幹線建設に伴い調査を行った長野市篠ノ井遺跡群では、この時期の墓地が見つかりました。お墓の周囲をまるく溝で囲んだ円形周溝墓(えんけいしゅうこうぼ)が密集しており、お供え用や埋葬用に使われた大小さまざまな赤い土器が出土しています。
天竜川流域の赤く塗らない土器と比べ、その違いもご覧ください。



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古代の布


開催期間:平成30年3月〜

 古代の信濃では、貢納用や商品などとして、苧〈からむし〉や大麻を育て、糸を紡ぎ、布を織っていました。東大寺正倉院には、信濃国印が押された白布が納められています。また、平安時代の中ごろになると、信濃国で作られた布は安定した品質から「信濃布」とよばれるようになります。
 今回の展示では、「正倉院白布」「布袴」「信濃国印」(いずれも復原模造)のほか、信濃と布との関係がうかがえる「屋代木簡」(複製)、布が織られるまでの工程で使われる「苧引金具〈おびきかなぐ〉」や「紡錘車〈ぼうすいしゃ〉」を展示します。
 なお、当館編著『日常生活からひもとく信州』(2018年3月発刊)でも信濃と麻の関係を取り上げた話題がありますので、あわせてお読みください。



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東アジアと信濃


開催期間:平成30年3月〜

 鎌倉時代から戦国時代まで日本では独自の流通貨幣を鋳造(ちゆうぞう)せず、中国から輸入した銅銭を使用していました。東アジア経済圏に組み込まれていたのです。当時は1枚の銅銭を一文(いちもん)(約3.75グラム)、1000枚で一貫という単位でした。展示コーナー横では、実際に銭一貫文の重さを体験することができます。銅銭だけでなく、中国で作られ、日本に運ばれた青磁花瓶(せいじけびょう)や青磁盤(せいじばん)も展示します。
 伊那郡の知久氏出身の禅僧 天与清啓(てんよせいけい)は遣明正使として二度中国へ渡っています。雪舟等楊(せっしゅうとうよう)の描いた湖亭春望図(こていしゅんぼうず)に清啓が賛(さん)(漢詩文)を記しています。清啓の二度目の船には雪舟が乗船しており、雪舟の画に清啓が漢詩文を記したことから二人の深い交流がしのばれます。今回は、この湖亭春望図(複製)を展示します。
 中世の信濃では、中国から入ってきた禅宗の文化や陶磁器、銭などがとりいれられ、大陸と直接交流を持つ人びとも活躍していました。東アジアと深く関わっていたことが伺えます。



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関所・番所


開催期間:平成30年3月〜

 江戸時代、幕府や各藩は、交通の要地に関所・番所を設け、人や物の出入りを取り締まっていました。小規模な関所を口留番所(くちどめばんしょ)と呼び、番人を置き、袖搦(そでがらみ)・突棒(つくぼう)・刺股(さすまた)などの捕り物道具を常備していました。
 松代藩は20か所の口留番所を設けました。その一つが、善光寺・大町峰街道の要地に設けられた、椿嶺村(つばみねむら:上水内郡小川村)の立屋(たてや)口留番所です。この番人を代々務めてきたのが鈴木家であり、当家に伝わる資料(寄託資料)を展示します。袖搦・突棒は長さが約260?、刺股は長さが約280?あり、警護・用心のための三つ道具とよばれます。番所関係の古文書史料も数多く残され、人(嫁や妻)や商品(馬・酒・漆の実・穀物等)に関わる通行許可願や番所の規定書、鉄砲所持許可書なども展示し、番所や通行・流通についての一端をお伝えします。



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商標シルクラベル

常設展示室 近代 生糸とシルクラベル
常設展示室 近代 生糸とシルクラベル

開催期間:平成29年9月〜

生糸を輸出する際に、製糸会社が製品に貼布した商標がシルクラベルです。おもな輸出先であるアメリカに合わせて、製造社名、工場の所在地などが英語とローマ字で表記されています。シルクラベルの図柄は動植物をあしらったものや、武士や日本の神々を描いた日本的な意匠など、各社でデザインに趣向を凝(こ)らしています。このようなデザインの豊富さや面白さから、全国にはシルクラベルのコレクターも多いといわれています。当館では、以前よりシルクラベルを収集してきました。
今回は、その中から、長野県内の製糸工場のシルクラベルの一部を生糸の束とともに展示しました。ラベルに「RAW SILK(生糸)」という文字とともにその図柄をご覧いただき、明治から昭和期に、各製糸会社が信頼される製品づくりにかけた熱い思いの一端を感じ取っていただければ幸いです。




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