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中野仲能訴状案

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中野仲能訴状案中野仲能の所領である志久見郷内の南北堺を越えて、市河盛房が畑地・山野などを押領していることを、中野仲能が藤内助清を通じて幕府に訴えた訴状の案文。本文は文永11年6月15日将軍家御教書(027)にみえる「訴状」に該当するものと思われる。中野弥五郎藤原仲能は、文永2年閏4月18日鎌倉幕府下知状(023)に忠能の養子としてみえる中野弥五郎長能と同一人物であると考えられるが、以後の文書(027・029・030)でもその名は仲能と記されている。本文書に記されている南北堺は、鎌倉幕府下知状(023)が記す弘長4年2月17日中野忠能自筆譲状の長能分所領の「四至境之」の一部を具体的に示すものであると考えられる。この市河盛房による押領については、仲能が重ねて幕府に訴え出たことが同様の訴状案(030)によってうかがえる。

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中野仲能訴状案翻刻

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