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将軍家政所下文

建長4年12月28日 (1252)

将軍家政所下文幕府の将軍家政所が中野正康に中野郷内の屋敷・田地及び志久見郷内の在家を安堵した下文。藤原(中野)正康は中野能成の孫で、延応2年(1240)正月25日譲状を得ていることから、その時点で、正康の父または母は存命していなかったことが推測できる。文中の「弥熊作定」とは中野郷内の弥熊という農民が耕作権を有した田のことをさし、また「宗大夫」は志久見郷内に住む農民の名と考えられている。なお、同日に中野忠能の妻(023の後家尼、028・029の蓮阿)に対しても、中野能成から譲られた所領を安堵する将軍家政所下文が発給されたことが弘安元年9月7日鎌倉幕府下知状(028)や正応3年11月17日鎌倉幕府下知状(029)によって知られる。

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将軍家政所下文翻刻

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