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醍醐寺全成下文

寿永2年12月7日 (1183)

醍醐寺全成下文本文書の花押は源頼朝の弟である醍醐禅師全成(阿野全成・悪禅師)であり、源頼朝(「鎌倉殿」)の命をうけて、醍醐禅師全成が藤原(中野)助弘を高井郡中野郷西条の下司職に任じた下文である。頼朝が義仲亡きあとの信濃国の支配を本格的に進めるのは翌年の寿永3年であるといわれているが、本文書により、義仲在世中の寿永2年末には、頼朝の支配が信濃北部まで及びつつあったことが判明する。治承4年(1180)に義仲から所領安堵をうけたが(002)、その3年後には鎌倉から所領安堵をうけるという、中野氏の変わり身の早さがうかがえる。

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翻刻

醍醐寺全成下文翻刻

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