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某下文

嘉応2年2月7日 (1170)

某下文平氏政権の成立期である嘉応2年(1170)に、藤原(中野)助弘を中野郷西条(現中野市西条)の下司職に任命した下文。中野郷は信濃国高井郡のうち、千曲川の支流、夜間瀬(夜交)川扇状地の末端に発達した郷である。西条の地名は中野市南部に残る。宛先にみえる公文とは荘園・公領を管理する現地の役職名であり、定使は在京領主と現地との連絡や年貢徴収などをの担当者を指す。下司職は荘園で現地を統括する荘官で、藤原(中野)助弘がこれに任命されたことを、荘園の管理に関わる諸役職に通達した形をとる。なお、史料の左上に花押が記されているが、その主は不明である。

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翻刻

某下文翻刻

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