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市河倫房軍忠状

暦応4年6月 (1341)

市河倫房軍忠状市河倫房が、新田氏勢力の拠点である越後国魚沼郡妻在荘(現中魚沼郡・十日町市)を攻め、新田右馬助(大井田経世)らの館を焼き、これを追い落としたことを上申し、吉良時衡の証判を得た軍忠状。この頃、越後国では寺泊に宗良親王が在住し南朝勢力が勢力を盛り返そうとしていた。足利尊氏は鎌倉府執事の伊予守上杉憲顕と信濃守護小笠原貞宗を追討軍として派遣し、助房ら信越国境を固める市河氏一族も参軍した。なお、市河氏とともに名があげられている中野孫五郎定心は建武4年9月中野家氏軍忠状(092)にもみえる。

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市河倫房軍忠状翻刻

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