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市河倫房同助保着到状

建武2年10月 (1335)

市河倫房同助保着到状市河倫房とその子助保が、8月1日の望月城攻めから9月晦日にかけて守護方として各地で参戦したことを上申し、守護代官の吉良時衡の証判を得た着到状。本文書がいう信州一見状とは建武2年7月市河助房等着到状(062)と考えられる。また、望月城は「中先代の乱」の中心勢力の一つであった滋野氏一族の拠点。この時の大将の小笠原次郎太郎は経氏かといわれる。また国司は同年6月市河助房同経助着到状(061)にみえる国司が乱で自害した後、新たに信濃守に任じられた堀川光継。助保らが落とした横河城(現辰野町)は北条時行方の宮処氏の拠点。

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市河倫房同助保着到状翻刻

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