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鎌倉幕府下知状

正慶元年12月23日 (1332)

鎌倉幕府下知状幕府が、かねてより栄忍(市河盛房)と中野幸重の間で相論となっていた中野西条内の田地の得分物について、幸重の死後、その所領を相続した幸重の後家円阿に対して、かの得分物を市河助房(市河盛房の子)に弁償するとともに、下知に従わなかった咎によりその所領の3分の1を召し上げることを裁定した下知状。嘉暦2年10月8日鎌倉幕府引付頭人奉書(041)にみるように市河盛房と中野氏の間には、何かと相論があったことがうかがえるが、本文書は、市河盛房と中野幸重の間の相論について幕府の裁定が下されたにもかかわらず、それが執行されないまま、当事者の両人が死去し、その後も中野氏が幕府の命に従わなかったため、幸重の相続人である円阿に対して、盛房の相続人である助房に弁償を命じたものである。なお、志久見郷の年貢についての中野氏との相論についても幕府から同月27日に下知状(052)が出されている。

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翻刻

鎌倉幕府下知状翻刻

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