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伊那郡下寺村文書

資料No(記号) 伊那〔4〕/4-15
説明(解題)下寺村は、天龍川の上流左岸に展開する村である。下寺の名は戦国期にあらわれ、天正6年(1578)の下諏訪春秋両宮造営帳では、造営役を負担していた。慶長6年(1601)八手村を分村した。天保郷帳による村高は598石であった。領知は、寛文12年(1672)まで飯田藩領、同年から天和3年(1683)まで上総高滝藩領、元禄12年(1699)以降、数度の幕府領の期間をはさみながら旗本太田氏領となり明治維新をむかえた。明治維新後は、伊那県、筑摩県をへて長野県に属す。明治8年(1875)沢岡村の一部となり、明治22年(1889)中坪村・野口村と合併し手良村となり、昭和29年(1954)伊那市の一部となった。
 本文書は、下寺村の村役人をつとめた家に伝来してきた文書であると考えられる。文書の年代は、明暦元年(1655)から大正10年(1921)におよぶ。総点数は374点である。文書の多くは、名主文書である。その内容は、検地帳などの土地台帳にはじまり、山論や用水論に関する文書、村役人選任を巡る村方騒動や村定など村の様子を知ることができる。分村した八手村や近隣の中坪村などに関わる文書も散見され、現伊那市域の天龍川左岸段丘上の村むらの様子も合わせて知ることができる。この他には、質地証文、永譲り証文など土地に関する文書が多い。また、延享元年(1744)の村絵図をはじめとする絵図類が23点あり、18世紀半ば以降の耕地の様子もわかる。なお、本館には隣村中坪村の文書(4−5)も所蔵されている。

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