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安曇郡宮本神明宮検校一志家文書

資料No(記号) 安筑〔5〕/5-57
説明(解題) 本目録に収録した標記文書は、2017(平成29)年度に上條信彦氏より寄託を受けた収集史資料群のうちの一部で、仁科神明宮社家で安曇郡宮本村の一志家に伝来した文書群である。総点数は65点で、慶長年間から明治初期までの文書を含む。
 仁科神明宮はもとは宮本神明といい、仁科66郷神明の惣社として知られる。849(嘉祥2)年(嘉祥、848〜851)に伊勢より勧請され、一志検校は伊勢より供奉したという。社領は、黒印23石、除地が5石であった。社内は、東西4丁12間、内大門2丁49間、南北4丁20間と記される。祭神は、国常立尊・児屋根命・瓊々杵尊・太玉命で、末社は、一ノ宮・二ノ宮・武山大明神・上諏訪・下諏訪各社が本社の右に並立すると記されている。左にはすのこ明神・三島・八幡・鹿島・春日・熊野各社が勧請されている。神主は、一志検校・菅原氏・小野左衛門・横沢権頭・志水右近 神子1人、そのほか小祝12人、八乙女8人が宮本村に在住する(以上「善光寺名所図会」巻二)。
 本史料は、神官家文書として多くの史料が豊富に残されているが、特に1616(元和2)年の折紙の社地免状は石川氏家臣による連署状であり、内容・紙質なども遜色ない上等なものである。このほか寛永期までの近世初頭という早い段階の免状が複数のこされている点は本史料群の一つの特徴である。いずれも『信濃史料』には掲載されていない新出史料である。なお、1614(慶長19)年5月15日に小笠原秀政が仁科宮本神明宮に充てた禁制写は『信濃史料』にも掲載されているものである。既に原本は失われているが、文言からみても内容的には何ら問題のない文書である。
 当文書群は神官家の近世初頭からの様相を明らかにすることのできる特異なもので、また長野県を代表する神社の一つ仁科神明宮に関わるものとして貴重である。
 なお地方史研究の第一人者で信濃史学会会長を長らく務めた一志茂樹は、宮本神明宮神職の一つ小祝を世襲する家の出身である(『地方史に生きる−聞き書一志茂樹の回想』平凡社、1984年)。

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