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御嶽講関係資料

資料No(記号) 木曽〔6〕/6-2
説明(解題) 本目録に収録した御嶽講関係資料は、2010(平成22)年に上條信彦氏より寄託を受けた収集資料のうちの4点である。いずれも御嶽講の先達が講中の参詣者を先導する「マネキ」(小旗)である。
 御嶽信仰は木曽町三岳・王滝村に位置する御岳山および鎮座する御嶽神社に対する信仰である。室町時代には熊野神社系の山岳修験者が蔵王権現を奉じて以来、京都にも知られる霊山となり参拝者も増加した。しかし、登拝に対する厳格な掟と、厳しい禁忌と精進が必要とされ、一般の広い信仰を獲得するに至るのは江戸時代後期になってからである。1785(天明5)年尾張国春日井郡出身の修験者覚明が御岳登拝を望む木曽の人びとを率いて中世以来の掟を破り登山を強行した。また、江戸在住の修験者普寛は江戸の信者を引率し、王滝口から強行登山をおこなった。こうして一般民衆に開かれた御岳登拝がおこなわれるようになったのである。
 御岳山に対する御嶽信仰は、人びとを導く先達としての行者が、覚明・普寛の霊を御岳山から呼び出し、信者の苦悩を救済する方法などの託宣を受けるための講が各地で形成された。このうち、先達の持つ小旗を「マネキ(招)」と称し、信者を御岳へと導いたのである。
 これらの資料は講をめぐる民俗信仰資料として貴重なものといえる。

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