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松平丹波守宛遠藤備前守書状

資料No(記号) 安筑〔5〕/5-55
説明(解題) 本目録は、2010(平成22)年に上條信彦氏より寄託を受けた収集史資料群のうち、標記文書1件を収録する。収集文書のため出所来歴等を詳らかにできない。裏面の糊痕などからもとは1通だった書状を掛幅・額装などとするため剥離し表装したとみえるが、現在は料紙2枚のマクリ状態となっている。
 書状のため、年次および実名については詳らかにできない。
 しかし内容をみると、日光から重陽節句の祝儀を送っていること、追而書に、細川越中守・六郷兵庫頭が重陽の祝儀を延引し9月4日に小袖2づつを差し上げ、受け取りの半切証文を受け取ったと記すことなどの情報が得られる。また書状は松平丹波守に宛てられたものである。
 これらを勘案すると、書状の差出人は、日光祭祀奉行に任じられた遠藤備前守胤将が候補となるだろう。胤将は1733(享保18)年に備前守受領官途を拝領している。また、この時期の松平丹波守は明石藩から松本藩へ転封となった戸田丹波守光慈があたるだろう。光慈は1735(享保10)年に鳥羽藩から松本藩へ転封となり、享保13年には将軍日光参詣の警護の任にあたっている。越中守は熊本藩主嫡流の官途名で、享保17年に藩主となった細川宗孝を指していると考えられる。このほか六郷兵庫頭は出羽本庄藩主の受領官途の一つである。
 このようにこの書状の位置づけを明らかにすることで、江戸時代中期の大名間の情報交流の広がりの一端がうかがえる可能性がある。しかし本解題ではこれを指摘するにとどめておき、今後の研究によって解明されることを望むものである。

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