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更級郡上小島田村

資料No(記号) 更埴〔7〕/7-42
説明(解題) 本目録は、2010(平成22)年に上條信彦氏より寄託を受けた収集史資料群のうち、更級郡上小島田村名主惣左衛門関係の文書を収録する。
 上小島田村(長野市小島田)は、千曲川左岸に沿う地域で、北は大塚村・西は広田村、南は西寺尾村に接する。中世の小島田郷は小笠原氏の所領もあり、戦国時代は村上・香坂氏領となっていた。1513(永正10)年の信濃永正の乱では、「中野牢人」がこの地に集結したとの報が長尾為景に伝えられている(「島津貞忠書状」)。
 1602(慶長7)年の村高は1495石余りで大村である。千曲川のほか松代道に面しており交通・流通の要所でもあった。松代藩領、寺社領、旗本知行地が交錯する3者の相給地であった。大村であったため、寛文年間に上下組に分かれ、上小島田・下小島田各村に分村した。1875(明治8)年にはふたたび小島田村となった。
 本史料群には年号の分かっているもので1771(明和8)年〜1872(明治5)年までをおさめる。年貢・小役・物成などの名寄帳が横帳で残る。特徴は旗本・大英寺・松代藩それぞれの相給ごとの帳簿が残っており、そこに本村の特異性がうかがえる点である。また当村では名主惣左衛門ほか村役層が「蔵本」を称し、武士への蔵米の切符(切手)との交換業務のほか、貸借、質入などの仕事に従事している様子がかいま見えることも近隣村とは異なる点であるといえよう。まさに村の名主が「融通」「金融」を生業としている典型例であるといえよう。なお明治になり惣左衛門家は中村姓を名乗っていることがわかる。

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