古文書目録名一覧歴史館の書籍・史資料をお探しの方

古文書目録名一覧

検索マークのついたものは長野県立歴史館収蔵データで検索できます。検索可能な史資料は漸次更新しますのでご利用ください。

米山一政収集文書(松代藩地方文書)

資料No(記号) 全県〔0〕/0-1
説明(解題)米山一政収集文書は、長野県立歴史館準備室が米山たけ子氏から寄贈を受けた資料である。
 米山一政氏は、明治44(1911)年埴科郡倉科村(現更埴市)に生まれ、昭和7(1932)年長野県長野師範学校専攻科を卒業後、更級・埴科郡下の高等小学校に勤務した。同18(1943)年信濃史料刊行会に編纂助手として出向し、主事栗岩英治氏を補佐して史料の収集・整稿にあたり、同26(1951)年信濃史料刊行会が再組織された際には、信濃史料常任編纂委員となった。同51(1976)年長野県文化財保護審議委員会委員、同57(1982)年同委員会委員長を委嘱された。研究の対象地域は、生まれ育った北信濃を中心としており、学問の領域は古文書から始まり、文化財、考古学までのたいへん幅広い領域にわたっている。『信濃史料』、『信濃史料叢書』『真田家文書』の編纂のほか、『上水内郡誌』、『更級埴科地方誌』等の郡市町村史誌および『国史大辞典』等の歴史事典類を分担執筆されている。』また、平成8(1996)年『米山一政著作集』3巻が刊行されている。
 当収集文書のうち特筆すべきものは、分類番号K〈真田家御事蹟稿〉である。松代藩八代藩主の真田幸貫は、自家の事蹟の真実を後世に伝えようと、藩家老河原綱徳に「真田家御事蹟稿」の編さんを命じた。河原は、鎌原桐山らの協力を得ながら正編および付録図の編さんに9年を費やし、天保14(1843)年に完成させた。河原はさらに続編に挑んだがなかばで没したため、藩士飯島勝休があとをついで続行した。「真田家御事蹟稿」には、青表紙本と黄表紙本の二部があり、真田文庫本として真田家に所蔵されてきた。当収集文書中の「真田家御事蹟稿」は、真田家文書整理の御礼として真田幸治氏から米山一政氏に譲られた黄表紙本正・続73冊と付録図である。なお、青表紙本は真田宝物館が所蔵している。
〈高野日記〉は松代藩士高野某の嘉永5(1852)年から明治10(1877)年にわたる日記類である。〈典籍・写本〉には、寛文(1661〜73)頃のものとみられる「新版拾芥抄」6冊や元禄5(1692)年「善光寺縁起」3冊、弘化4(1847)年に松代藩家老河原綱徳が善光寺地震による城下や領内諸村の被害状況を記録整理した「むしくら日記」4冊、嘉永2(1849)年「善光寺道名所図絵」5冊などが含まれている。〈影写本〉は、守矢文書4点・市河文書4点・上諏訪神社文書6点の計14点である。
 

このページのトップへ