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水内郡入山村文書

資料No(記号) 水内〔9〕/9-15
巻(資料点数)5
説明(解題)入山村(現長野市芋井地区入山)は、近世を通して松代領。影山(かげやま)・犬飼(いぬかい)・清水(しみず)の三組に分かれたが、曲戸(まがりと)組を加え四組としたり、影山組と犬飼組で上組とまとめたりする場合もあった。
入山地籍に本村のほか、上犬飼村・中犬飼村・下犬飼村・萩窪(はぎくぼ)村・大平(おおひら)村・上(うえの)平(たいら)村・沢尻(さわじり)村・曲戸村・下宮(しものみや)村・岩戸村・清水村の11の枝村が散在する村であった。村高は、慶長7年(1602)の「川中島四郡検地打立之帳」855石余、「元禄郷帳」870石余、「天保郷帳」980石余。
文書の作成年代は、慶長9年(1604)〜明治13年(1880)に及んでいるが、中心は江戸時代後半である。文書の宛名から入山組役人家(長吉・清次郎などを名乗る小林家)に伝えられた文書群と考えられる。田畑の売買証文や質地証文、質山証文類が多いが、慶長9年に隣村荒安村のうち100石を飯綱神領とする旨の朱印状が出されたことを伝えるものや、「散村」による村運営の大変さの分かるもの、寛政6年(1794)の入山村検地帳、弘化4年(1847)の善光寺地震の被害・復興状況を伝える文書などがある。
 入山村は、明治4年(1871)松代県、同年11月からは長野県の所属となる。明治22年、近隣の6村と合併し、芋井村となり、さらに昭和29年(1954)長野市と合併して、現在に至る。

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